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しなちく体験記④
そんなときにチョンガーさんに出会い
沢山助けていただきました。
心の中の学会への不安も、一つ一つ見直すことができ
不安定な心も安定できました。
独立会議に出会い、沢山励まされました。
そのおかげで また脱会の話をし脱会できました。
でも、2度目の脱会なのに
すごく時間がかかるんです。
「脱会手続きが出来るのが○○日なんで・・・」と
伸ばされ伸ばされ・・・
もうとっくの昔に脱会しているはずなのに!
歯がゆい時間を過ごしました。

脱会の話し合いをしたときに学会員の婦人が家の旦那に言いました。
「奥さんが辞めると大変だろうけど、悪い事が起きないようにしっかり信心してね」
みたいなことを、私を目の前ににして言っていました。
私は負けじと相手を目の前にして旦那に「私が脱会したら迷惑なの?」と聞きました
旦那は「え・・ん・・・・別に・・・」と口をモゴモゴさせながら言ってました。
脱会したらその人は学会員にとって加害者になるわけです。
脱会者は「罪悪感」にかられることが多いようです。
悪い事をしていないのに恐ろしい心理操作です。
その心理操作を学会員の方は自然に行っているのですから驚きです。
罪悪感を感じる必要はありません。当然の権利です。
「裏切られた」と思われても私は「裏切っていない」のです。
お互いが理解しあえないところなので どうしようもないのだと思います。
とりあえず 脱会できて良かった良かった。

疑問すらも奪い取る・・・不信感すらも奪い取る・・・
他の宗教への興味すらも奪い取る
脱会すると罰が当たる?悪口いったら病気になる?

それが宗教でしょうか??
入り口は大きいのに出口は小さく蟻地獄のよう。
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【2005/01/24 19:40】 | 体験記 | トラックバック(0) | コメント(3) |
<<しなちく体験記⑤ | ホーム | しなちく体験記③>>
コメント
2005-01-24 19:51:15

地球上にいくつもの宗教が存在するのは、いろいろな時代のいろいろな国に教えを説く人が現れて、その時代なり、その国なりの表現の仕方をとったからです。
この人だけが絶対という存在はありません。地球上に肉体を持って出て来た人に絶対の存在はありません。イエス様やお釈迦様でさえも、全宇宙の真理の中の、限られた部分を伝えているに過ぎません。

すぐれた聖者は一般の人間が知るよりもはるかに広い部分を伝えることができます。
しかし、それは宇宙の真理のすべてではありません。自分たちが絶対と考える限り、他の宗教との共存はできません。
常に争い続けるより他はありません。

宗教に限らず、精神世界の真理を説くいろいろな先生方やチャネラーなども、いろいろな知識を私たちにもたらしてくれます。でも、宇宙の真理のすべてを知って伝えているわけではありません。本人がすべてのつもりでいても、それはすべてではありません。

鎖国時代の日本で遭難し、アメリカの船に救われてロサンゼルスに行って来た人がいるとします。彼が日本に帰って皆の知らない海の向こうの未知の国の話をします。
そこにアメリカ全土を旅行した人が、アメリカにはこんな所があったと話をしたら、ロサンゼルスだけ見た人が、そんなものはありませんでした、と言うようなものです。「それはありません」と答えるのではなく、「それは知りません」と答えなければなりません。

臨死体験をした人で、天国も地獄もありませんとか輪廻転生もありません、と言い切ってしまう人もいます。しかし同じ肉体を離れて天国、地獄を見た人もたくさんいるのです。「無い」のではなく、「見なかった」と言うべきではないでしょうか。

多くの人は自分の「ものさし」を持っています。「ものさし」を持ってしまうとその「ものさしで」計れないものを否定しなければいけなくなってしまいます。大切なことは自分の枠を作ったり、「ものさし」を持たないことです。

どの聖人をとってみても、絶対という存在はいません。絶対と主張し始めた瞬間に、必ず争いが始まります。イエス様が知っていたことと、お釈迦様が知っていたこととは、重なっているところもあれば、重ならないところもあります。

仮に宇宙の真理の知らない部分があったとしても、イエス様やお釈迦様が偉大な存在であるということにはいささかも変わりはありません。聖人と呼ばれる人たちも創造主ではないのです。人々が間違った方へ進まないように主神や高次元の神からメッセージを持っていろいろな時代、場所に先生として降りて来られたのです。

しかしやがて教団が発展し、教典などは後の人が書き替えたりして、そして、自分たちだけが絶対ということを唱え始めるのです。モハメットが絶対、キリストが絶対と言い始めて、戦争が始まります。
イエス様は罪の一番初めに「殺すなかれ」と言っているのに、聖戦と言って戦っているのは、おかしなことです。
「何のために、あなたは生きているのですか」
       太田篤著 KKロングセラーズセブンアンドワイ
http://7andy.yahoo.co.jp/books/detail?accd=30859784

去年10月に、ないちょさんの「ないちょの雑記帳」の掲示板に書いたのをコピペしました。
この本には宗教について大事なことが書かれています。創価のことで悩んでいる学会員さんには一読の本だと思います。私も、この本は大変参考になりました。
【2006/09/24 10:27】 URL | かずま #-[ 編集]

>多くの人は自分の「ものさし」を持っています。「ものさし」を持ってしまうとその「ものさしで」計ないものを否定しなければいけなくなってしまいます。大切なことは自分の枠を作ったり、「ものさし」を持たないことです。
心に響きました。今までの自分は、人の「ものさし」で計ることは無い、自分の「ものさし」があるのだからと言葉にしてきました。        ・・・間違ってました。               これからの人生、もっと前を向いて歩いていこうと思います。                                                 「ものさし」を引き出しにしまって・・・        
【2007/07/23 21:46】 URL | 銀色涙 #-[ 編集]
銀色涙さん
コメントの承認が遅れて大変申し訳ありませんでした。何かお辛いことがあったのかな?

「ものさし」をもつ上での苦しみってありますよね。創価学会について私は私なりの「ものさし」を持っています。それゆえに苦しく辛いことも多いです。
 創価学会に対しては「ものさし」を持たないことというより、「相手の立場にたってモノを考えること」ということが大事な気が致します。

自分の基準をもって、それでも相手を必要以上に傷つけることなく、毅然と主張しないと、創価学会の都合の良いように事実がねじ曲がっていくことを何度も経験しました。
【2007/09/10 13:42】 URL | free #-[ 編集]
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